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中小建物の百年建築

2021.05.05

中小建物の百年建築

 

1.百年建築のコンセプト

建物の耐久性は概ね構造物の物理的耐久性によって決まります。もっとも身近な構造物の鉄筋コンリート造(RC造)の耐用年数(耐久性)は、鉄筋を被覆するアルカリ性のコンクリートが周囲の空気に触れて酸化し徐々に中性化し、中の鉄筋が錆びて強度の低下が始まるまでが耐用年数となります。この中性化が始まるのが約50年と想定しRC造の法定耐用年数の根拠となっています。実際の耐用年数はコンクリートの骨材(砂利、砂)、水質、コンクリート打設の精度、周辺空気の汚染度、コンクリート表面のメンテナンスなどに左右されますが、通常の条件であれば耐用年数はもっと長くなり、RC造では100年以上の耐用年数があるでしょう。

鉄骨造(S造)の錆びによる腐食は100年という期間では問題なく200年、300年の耐久性があります。木造は湿気やシロアリによる木材の腐食などにより耐用年数が決まりますが、腐食部の取替えもできますし、メンテナンスが良ければ耐用年数100年以上という例は多くあります。百年建築の実現とは、本来100年以上の耐用年数を持つ建築の寿命を全うしようとする取り組みです。

地球環境問題の点から言うと、100年建築は35年毎に建物を建替える場合に比較すると、ライフサイクルCO2(LCCO2)は17%削減されて温暖化対策に大きく貢献します。同時にローマクラブの「成長の限界」以来の有限な地球を守ることでもあり「物を大切にする」「もったいない精神」などの生活の知恵の実現でもあり、先進国の一員になった我々国民が目指すべき哲学的価値ともいえるのではないでしょうか。

図1 LCCO2削減(17%)/100年建築と35年後の建替えの比較

2. 中小建物

現在私たちが対象としているのは中小建物ですので。賃料、技術環境、法的支援などいろいろな点で中小建物の環境は恵まれていませんが、都市を支える大きな要素であることは間違いありません。

全国の建物総延床面積(工場を除く)に対して、中小建物の床面積は2000㎡未満の建物で全体の35%、5000㎡未満で54%となります。都市を構成する重要な要素であるとともに大きな市場といえます。

図2 規模別の建物延床面積

中小建物の実態調査「ビルオーナーの実態調査(ザイマックス不動産総合研究所・早稲田大学小松教授)」によると、所有ビルの床面積は300坪(1000㎡)未満が半数に近く、築年数は築20年以上が8割以上となっています。多くのオーナーが今後のビル経営に不安を持っていると報告されていて社会的な問題です。

 

図3 保有するビルの規模の分布

図4 保有するビルの築年数の分布

3. ビルオーナー

築古ビルの多くのオーナーはこれから賃料低下や建物の老朽化対応に直面し、建替えるか、改修するか、売却するかなどの選択を迫られます。これに対し「計画的に適切な改修をして百年建築を目指しましょう」と提案する不動産や建設関係の専門家は残念ながら少ないでしょう。戦後この業界はスクラップアンドビルドで成長してきた結果、百年建築のように改修をしながら建物を永く維持するようなコンセプトがまだ確立していません。面倒な改修より新しく建替えた方がビジネスになる、修理より取替、というような発想から抜け出していません。

百年建築を目指すビルオーナーもまだ少数でしょうが、仮に百年建築を目指したいと考えても、それを応援する専門家は少なく中小建物に限定するとそのような専門家は皆無に近いでしょう。

最近はリノベーションが注目されてきていますが、投資先が新築からリノベーションに移っただけで、その後どのように百年建築を実現するかというような取り組みにはなっていません。

改修工事の技術的な取り組みも新築技術の延長というような考えで、発想の転換が不充分です。建築リニューアル展などでは個々の技術には面白いものがあり将来の可能性を感じますが、百年建築を目指す総合的なマネジメントを期待できるような提案はまだ無いようです。

4. 百年建築を実現する

百年建築の実現にはハードとソフトの面があります。ハードはいかにして建物・設備を百年維持管理できるかということですし、ソフトは賃料アップも含めていかにして採算性を百年維持できるかということです。物理的機能と社会的機能(経済性)の維持計画です。

二つの機能を百年間保証することはできませんが、百年間をイメージできることが大変に重要です。現在延床面積700㎡~3000㎡、築30~50年の建物7棟を管理していますが、特に築50年の建物2棟を竣工時から管理した経験から、百年建築が可能だと確信できるようになりました。この経験に基づく具体的なハードとソフトの手法を紹介します。

ハード面では、建物・設備を100年管理するために「100年建築改修プログラム表」を作成します。重要改修工事12項について「過去の工事金額」と「今後100年の計画金額」を書き込みます。この「今後100年の計画金額」は過去の実績に基づいた弊社独自のもので、教科書的出版物にあるような金額とは異なります。出版物や業者、メーカーが提案するものは、ほとんどが、理想的過ぎて採算度外視のものや大型建物を対象にしたものです。私たちはコストや性能をギリギリまで抑えながらやりくりしている中小ビルの実態、実績に基づいた提案をします。

「使えるものはなるべく長く使う」「やるときは徹底的にやる」「テナントの出入りや複数工事の関連性を考えて工事計画する」「すぐに実施、不備が出たら実施、数年のうちに実施、などの緊急度を表す」など現場の泥臭い情報をプログラム表に記入し、合理的で無駄のない改修を目指します。また、100年間という長期のプログラムを作成するのも他に例はないでしょう。改修プログラム表では25年毎くらいに大きな改修工事が必要と考えていますが、その場合も改修期間は5~10年を設定し改修プログラム表に表します。毎年改修プログラム表を見直し、今年、5年、10年、25年、50年、100年と百年建築をイメージするための改修プログラム表です。

突発的事故・故障で突然に大きな資金が必要になり、それをきっかけにビル経営を諦めるというようなケースをよく聞きます。改修プログラム表では突発的事故・故障もかなりの精度で予測しますので、借入など資金の準備がスムーズにできます。突発的事故・故障は事故・故障が大変なのではなくて突発的なことが問題なのです。裏を返せば計画や準備が重要であるということです。

突発的事故・故障に対し「応急工事で済ませる」「単年、単独の改修工事で対応」「総合的な長期改修を始める」などの判断が必要になります。改修プログラム表のなかで準備をしておけばこの判断が容易になります。応急処置で済むものに多額の投資をしたり、大改修が必要にもかかわらず応急工事で済ました結果、あとでまた改修費がかかるというようなことを避けることができます。

図ー5 100年改修プログラム表

5.改修工事のデザイン

これまでは百年建築のプロセスについて述べてきましたが、もうひとつ重要なことはコンテンツすなわち改修工事の設計内容です。賃料アップにつながるような魅力的な改修、10年20年後でも耐えうるデザインと性能、メンテナンスの掛からない仕様等々です。

改修は新築の建物に近付けるようなデザインを求めがちですが、改修には改修に相応しいデザインを追求します。建築家も施工業者も新築工事に慣れていますので、どうしても新築のデザインあるいは新築工事のデイテールを目指したがります。同じ建築を扱っていますので発想の転換が意外とで難しいようです。既存建物の持つ良さを生かすような独自の改修デザインやデイテールを目指します。

基本的には下記の方針や事例に基づく堅実で寿命の長い建物の設計を目標とします。

 

□天然素材を主体に経年劣化にも輝きを増すような素材を用いる。
□経年劣化に部分補修で耐えうるような素材を用いる。

図―6 劣化しにくい天然素材(北参道オフィスビルエントランス)床:豆砂利洗い出し 壁:間伐杉材・コールテン鋼

図-7 劣化しにくい天然素材(恵比寿マンションエントランス) 床:豆砂利洗い出し フェンス:ロートアイアン

図-8 劣化しにくい天然素材(山形マンションエントランス) 外装:木材・高畠石

 

図―9 スケルトン天井3.0mh・配管ダクト露出(北参道オフィスビル)

図―10 室内電気容量削減 94.8W/㎡→44.7W/㎡(北参道オフィスビル)

図―11 室内電気容量削減 65.5W/㎡→40.0W/㎡(恵比寿マンション)

 

□フリープランを基本とし、テナントへ工夫する余地を委ねる。

図―12 2DKからワンルームへ改修(秋田マンション)

□自然素材、VOC低負荷仕様を目指し、健康な空間を創造する。

図―13 健康仕様(梅ヶ丘オフィスビル) 床:杉無垢材浮づくり 天井・壁:アレス漆喰塗装

□快適で健康な温熱環境(上下温度差解消、ヒートショック防止)

図―14 健康仕様(山形マンション) 室内温度分布の均一化

図―15 健康仕様(山形マンション) ヒートショック防止・リビングと浴室の温度差

□建物を使いながら改修をする

図―16 居住したままの耐震補強工事(恵比寿マンション)

6. 施工とコスト

テナントが入居したまま改修工事をするような場合は、その建物を普段からメンテナンスをしている業者とチームを組むことが重要です。設計者のリーダーシップや既存設備を管理している設備業者の情報は欠かせません。信頼できるチームが組めるかどうかは大きなポイントでしょう。5~10年の長期の改修工事に付き合ってくれるような熱意のあるチームでなければなりませんし、工事後のメンテナンスもきるようなチームでなければなりません。更に管理組合、所有者、テナントなど多数の関係者の協力も欠かせません。

改修工事は既存の天井や壁の中が未確認のままで設計や見積をします。したがって変更や追加が多く、新築工事のように請負契約にすると安全を見てコストが高くなる傾向があります。また、改修工事は工種が多く工事の量は少ないため工事コストが上がります。また、合見積や競争入札を行うには改修工事は不確定要素が多すぎるので、合見積や競争入札でコストを下げるのは難しいと考えています。既存建物を何も知らない業者が、コストが安いだけで採用されて後で問題が起こる例が多数あります。現時点で最良の方法は、仕様を仮定して見積し、その後の変更を認めるのが合理的だと思います。設計変更しながら工事を進める、現場で臨機応変に対応するなどスピードが必要で、ここで時間がとられればコストアップになります。賃貸建物の場合は時間がかかると空室期間が延びることになり二重のコストアップになります。このあたりが新築工事とは異なるので、その対策として最も重要なのが結局はチームの信頼感であると考えています。

百年建築の工事金額は安くなるのかという問合せは多くありますが、百年建築は長期的に合理的なコスト投資を行うことで百年建築の収益計画を実現できれば結果的にはコストも安いと評価できるというのが答えになります。個々の工事のコストダウンにも努力していますが、百年建築の工事コストが特に安いという確信はありません。改修工事が安いという事例を時々聞きますが調べてみると必ず何か理由があることが多いです。よくあるのは、見た目は同じでも隠れた部分の材料や設備がそのままというケースです。その場合でも問題が起こるのは5年後10年後ですので、当事者は安い工事ができたと思ったままトータルコストが増えたことに気付かないこともあります。本来は、改修工事は10年、20年の長期の評価に耐えられなければなりません。目指すのは百年です。

なお個々の改修工事のコストを下げるには次のような課題に取り組むべきだと考えています。

 

●工事の職種が少なくなるような設計をする。
●メンテナンスのかからないような設計や仕様を目指す。
●改修専門チーム(専門業者、専門職人)を造る。
●改修多能工を育成する
●発注では出来高精算方式を検討する。

 

大雑把ですが、新築の全工事費を坪90万円、、内装と設備がその2/3で坪60万円とすると、坪60万円が内装と設備を全面改修する場合の工事費予算といえます。

 

①大改修の工事費を賃料のアップ分だけで回収する場合
現状賃料坪12000円が10%上がり空室率が10%改善されると、
60万円÷(12000円×20%×12月)=20.8年(ほぼ償却期間)

 

②大改修の工事費をアップした賃料総額で回収する場合
60万円÷(12000円×120%×12月)=3.5年です。

 

実際の収益計画は①②を参考にして組み立ててゆきますが、コストダウンを実現するためにはこのような試算に基づき改修工事の目標額を設定し関係者の叡智を集めることも有効かもしれません。

7. 事例による説明

①都内北参道オフィスビルの築35年改修

改修プログラム表では築50年前後に行うべき大改修を前倒した事例です。収益は見通しがあったわけではありませんがよい結果となりました。

改修期間は10年余りでまだ一部改修工事が残っています。

図-17 改修プログラム表を簡易に表現(北参道オフィスビル)

図―18 賃料長期改善事例/他ビルとの比較(北参道オフィスビル)

図―19 改修前後の収益比較(北参道オフィスビル)

②都内恵比寿14戸マンション築50年改修

築50年のマンションで耐震補強を含めて大改修をした事例です。管理組合で建替えの検討を始めてから9年が経過してます。耐震補強工事が終了し、内装工事もほぼ終っていますが、給水方式の変更や外装工事が残っています。改修の進捗と収益の変化の比較表があります。

図―20 改修プログラム表を簡易に表現(恵比寿マンション)

図―21 改修前後の収益比較(恵比寿マンション)

図―22 改修前後の収益比較/詳細(恵比寿マンション)

③地方都市41戸マンション築40年改修

築42年の地方都市のマンション改修事例です。最近管理を始めたマンションで改修プログラム表はまだできていませんが、緊急の問題から取組んで徐々に計画的な改修に取り掛かっています。賃料単価は都内の半分以下ですから収益上は大変厳しいですが、ここである程度の結果を出せれば100年建築の可能性が大きく拡がります。また地方創生の成功事例にもなればよいと思っています。いずれにしても10年以上の長期計画となります。

図―23 地方都市マンション改修事例

図―24 百年改修プログラム(毎年2戸ずつ改修すると工事期間は20年)